掌編小説

いざ、鎌倉。

 

 総選挙を迎えたある国は、遠い昔に廃止された徴兵制の復活議論で盛り上がっていた。長きにわたり平和な時代が続いていたが、その年になると俄かにその国の上空へ暗雲が流れ込んできた。西の隣国では50年ぶりに内戦が再燃。友好関係にある東の隣国は、地球の裏からやってきた某大国の何個あるかもわからない遠征軍団のうちでも最精鋭だという第七遠征軍と睨みあっていた。近いうちに某大国のリーダーは、空母打撃群を派遣し隣国の何かを打撃するつもりらしい。

 折しも国防軍では志願者数の低迷による定員割れが問題となっていた。自動化に自動化を重ねて、徹底的に省力化することで能力は維持されていることになっていたが、兵士よりSEが多い仮想国防軍と揶揄されていた(国防軍は兵士とSEを機動戦士と電子指揮官と呼んでいた)。かといって隣国を見捨てれば食糧供給が絶たれて飢え死にだ。

 当然の流れとして政治家たちはこの国の未来を若者にゆだねることを思いつき、それに有権者も同調した。選挙の争点は徴兵年齢の設定と、西方重視か東方重視かの二つで、有権者は妙に若者に優しかったり目を合わせなかったりした。

 そんな選挙告示前の最後の国会で、首相は有権者の度肝を抜く演説を始めた。

 「国民の皆様もお感じの通り、昨今の情勢を鑑みるに、いざ有事の際には、わが国防軍は最善の備えをしているものの、兵力不足であることは認めざるを得ません。残念ながら徴兵制の導入は不可避であります。備えが足りないのは政府の失策であり、お詫び申し上げます。しかし同時に我が国は自由人権思想に基づく民主国家であり、我が国に在住するすべての人に対し苦役は禁止され、職業選択の自由があり、現行の憲法下では徴兵制度は憲法違反の制度であります。この度、与野党で協力し、憲法を改正することに相成りましたが、私は導入にあたって皆さんに問いたい。それは参政権の無い者に、国に対する義務があるのかということであります。申し上げるまでもなく権限と義務は表裏一体であります。

 今の我が国を導き、また現在の国情をこまねいてきたのは、我々責任世代であり、責任は我々がとらなければならない。我々は自由貿易により富を築き、それと引き換えに食糧自給を捨てました。単純作業は国外にアウトソーシングし、原料製品を自国で賄うこともできません。今の生活を守るには、もはや我々は戦うしかないところにまで来ております。

 今こそ義務を果たすべき時です。先ほども申し上げた通り、義務は権利と表裏一体、振りかざした権利の数だけ義務も重くなります。そこで私は宣言する!これまで数多くの権利を行使し、国の方針を決めてきた年長者から順に徴兵することを!

 老人皆兵であります!良心により徴兵を忌避される方には農業や軍需工場、建設作業或いは福祉活動をしていただく。我が国の最新鋭戦車は徹底的なハイテク化によりワンマンかつ思考するだけ操縦が可能で、その操作は往年のマニュアル車よりも遥かに簡単で機会が苦手な方でも全く問題ありません!その上、自車だけでなく3台の僚機ロボット戦車を操作できますので、外国製戦車に比べその労働生産性は16倍にもなります。更に圧倒的な重装甲により抜群の生存能力を持ち、ワンマン化による余剰スペースにより居住性も抜群、ご老体でも無理なく参戦が可能です。

 十代後半のお子さんをお持ちのお父様お母さま、ご安心ください!皆さんより先にお子様が死ぬことはありません!皆様には優先的に前線勤務を割り当てます。お子様の学費生活費はすべて政府が保証します。戦時相続税は免除されます。

 会社経営者の皆様。皆様は再雇用義務から解放され、リストラし放題、いびつな年齢構成を正し、会社の成長を実現するチャンスです。我々は従軍を促すため、労働規制を大幅に緩和し、雇用の流動性を高めます。

 加齢、病気、身体障碍、性別、育児・・・すべて平等に考慮しません。他人の息子や娘に死を命じる前に、自分が死ぬべきでは?

 今までこの国を支えてきた年長者への敬意ですか?もちろん敬意を持っております。ただ命には全く値しないという、ただそれだけのことであります。どんな功績があろうとも弱者に死を命じ、殺人の罪を負わせることはできないと思うのです。

 もちろん我々議員、明日からは元議員は、最初の一撃を加える、議員特攻隊として戦列に加わる所存です。」

 

 そして総選挙では、大増税と傭兵軍の導入を主張した、新興政党が圧勝した。