部分的に小説 腹割れスコーンの恋

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知らない子のためのスコーンの食べ方指南


 完全なる寝正月を心にー鉄よりもなお固くー誓った私は、NETFLIXを契約し、ウィッチャーを見て心で血を啜った後、料理系のドラマやドキュメンタリーを漁っていた。世界各地の料理について、家庭料理について、生産者に重きをおくもの、家庭の台所の中で個人の料理として完結するもの、さまざま番組が画面を流れた。

 実家へ戻った2日間以外は、毎日自分の部屋で料理を作った。NETFLIXと料理以外でやったことといえば・・・冷蔵庫探しぐらいのものだ。その話はまた後日。

 フォカッチャ、果実酒、ローストポーク、おでん、肉団子の甘酢あんかけ、ビーフステーキ、カレイの煮つけ、インドカレー、蕪と鶏肉のパスタ、桜エビと菜の花のパスタ、ベーグル、ゆず茶。

時間や社会にとらわれず幸福に空腹を満たすとき、束の間彼は自分勝手になり自由になる。誰にも邪魔されず気を遣わずものを食べるという孤高の行為・・・これこそが現代人に与えられた最高の癒しと言えるのである。

 

 

 サラリーマンの仕事はあまりに退屈で、気晴らしも兼ねて、私は週末の夜、無料塾でボランティアとして子供たちに勉強を教えている。年始の最初の日曜日が、最初の授業であり、休暇の最終日だった。

 こどもは好きだ。勉強熱心な子や懐いてくる子は特に可愛い気もするが、集中力のない子でもやはりかわいい。そんなかわいい子供たちと、一部のかわいいボランティア仲間に、この年末年始の満たされた気持ちをおすそ分けしたいと思った。

 おすそ分けするならもちろんあれだ。今まで何度も作って、色々な人に渡してきた。万人受けする素朴な材料と味わい。持ち運びのしやすさ。十分な加熱。それなりの珍しさ。

 そう、私の頭の中ではすでにメニューは決まっているのです。(上白石萌音と池田イライザと桜田ひより可愛いなあ。) 

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午前中に焼きあがり、朝日を浴びるスコーン。スコーンは焼きたてよりちょっと置いてから。

 生地は前日に仕込み、冷蔵庫で一晩休ませる。

 生地のレシピは色々見てきたが、これだというのに先日やっと出会った。

本場イギリスからお届けする「スコーン」レシピ イギリス/グラスゴー特派員ブログ | 地球の歩き方

 さすが世界中を踏査しているだけのことはある。甘さ的にもすごくいいし、背が出ない理由もはっきりした。コツはリンク先にほぼ書いてあるが、私が思うに以下の3(4)点がスコーン作りにおいて特に大事なポイントだ。

 ①ダマが命!牛乳を加えたら混ぜない。混ぜすぎるとグルテンが出来すぎて、パンみたいな食感になってしまう。ダマは残ってもいいどころか、残すべき。部分的にパサついてて粉っぽくて、一部はべとっとしている?かまわない。最高だ。

 と書いたが、これは粉のタンパク質含有量によって変わるようだ。よくあるフラワーだと膨らみが足りなくなるだろう。

 ②腹割れにするなら、打ち粉して三つ折りを縦横に各1回、計2回。ダマも消えるだろう。

 ③縁の鋭い型で抜く。水分が多すぎると、スパッと切れず断面が悪くなる気がする。

 (④サブラージュはフープロで秒殺。)

 

 朝起きると、冬晴れの洗濯日和だった。洗濯を済ませてからスコーン作り。オーブンを220度に予熱、昨日寝かせた生地を伸ばして折って型で抜き、オーブンペーパーに乗せて12分焼く。ジャムも手作りしたいところだが、ボランティアまでに用事があって時間がなかったので、コンビニでサンダルフォーのいちごジャムを調達した。紙のカップに入った謎ジャムを置いているイメージがあり、せめてアオハタ位あればというつもりで行ったコンビニだったが、サンダルフォーがあるなんて。

 ちなみに自分でジャムをつくるときはこんな風に作っている。

atohs.hatenadiary.jp

 

 用事の一つは財布探しだ。10年以上使用している長財布。さすがにひび割れ、あまりにみすぼらしい、ということにふと気づいた。内部の仕切りに使われた合皮が加水分解を起こしてボロボロになって黒いカスがはがれ、カードに付着する。店員さんにカスがついたカードを渡すのも恥ずかしい。

 最近、荷物を減らしたいという欲求が高まっていたこともあり、二つ折りの財布に買い替えることにした。選んだのは深い青色のコードバンのシンプルな財布。もちろん内側は本革。

 モテる男は靴と財布から・・・とか言うだろう?言わない?

 

 夜になり、私はスコーンを携えてボランティアに向かった。こういった無料塾では、休憩時間におやつを配る。朝の教室にしろ夜の教室にしろ、朝食を抜いていたり、夕食前だったり、親が作ってくれなかったり、結構楽しみにしている子も多く、そこそこ重要な要素だったりもする。喜んでくれるといいなと思いつつ、一方で手作りのものを持っていくのは初めてのことで、どきどきする。以前ほかのお年寄りのボランティアから手作りパウンドケーキを頂いたので配ること自体は問題なさそうだが。

「スコーンを焼いてみたんです。」リーダー格の初老の女性が、お菓子を配り始めたのに合わせて申告してみる。

「あら、すごい。〇〇さんが焼いたの?みんなー〇〇さんが、スコーンなんてお洒落なものを作ってきてくださったわよー」

 子供たちが集まってくる。

「半分に割って、ジャムを乗せて食べてね。」

「え、割るの?割るの?」

「〇〇さん、ジャムも作ったの?」

「今日は作りませんでしたけど、作ることもありますよ。」

 スコーンを初めて食べる子も多い。というか全員初めてかも知れない。縦に割ろうとする子もいる。しかしおおむね好評だ。

「先生が作ったんですか!?」

「美味しいです。」

「ジャムが美味しい。」

 中には勧めても食べてくれない子もいる。思春期の男の子とか。女の子は食いつきがいい。

 男性には、食の好みが幼稚園児から変わらないような人が多い気がする。食わず嫌いで、珍しいものに拒否感を示す。そういった傾向は、何歳ごろに何が原因で男性に多く作られるのだろうか。 この子たちを観察していたら、謎は解けるだろうか。俺は食には保守的なんだとか言う味音痴にはならないでほしい。

 あるいは単に甘いものに興味がないのか、甘いものに飛びつくのが恥ずかしいのか。

 

「Nさんもおひとついかがですか?」

 私はさりげなく、最近よく参加してくれる女子大生のボランティアにも勧めてみる。まゆげが凛々しくて、化粧は薄く、ちょっと美大生風。可愛いなと思いつつ、あまり話したことはない。

「いいんですか?いただきます!」

「ジャムもどうぞ。」

 彼女がスコーンを水平に割る。完璧に腹の割れたスコーンは美しく割れる。外はザクザクとし、中はふわっと。ほのかにミルクの香り。誰も知らぬこだわりとしてカルピスバターを使用している。

 ざくっ。もぐもぐ。もぐもぐ。

「美味しいです!作り方教えてくださいよ。」

「いいですよ。簡単です。」

 会話のきっかけをつかめたところで、女子中学生が割って入ってくる。

「私にも教えてください。」

「いいよー。」

 

(続く?)